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ピエロ恐怖症,醜形恐怖症,対人恐怖症,秩序恐怖症,接触恐怖症,視線恐怖症,換気扇恐怖症,男性恐怖症,先端恐怖症,閉所恐怖症,高所恐怖症,会食恐怖症,広場恐怖症, 脇見恐怖症,電話恐怖症,幸せ恐怖症,人間恐怖症,暗所恐怖症・・・恐怖症はこの他、多種にわたります。とても一口では語れません。大事なのは『恐怖症の克服をあきらめないこと』この一点に尽きます。
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皆さんは自分ことを、
そう思うことがありますか?
私は本気で、そう思っています。
その中でも人との出会いは
本当に運がイイと思っています。
自分の親を始め、
彼女、兄弟、友人、会社同僚
極度の上がり症で苦労はしたものの
私は素晴らしい出会いのおかげで
今の自分があると思っています。
今から紹介する『大滝先生』もその一人です。
昨年私は転勤で東京に異動になりました。
東京には大学時代の親友がいて
久しぶりに飲んでいたときのことです。
たまたま入学クラスでの最初の飲み会で、
2人が幹事役させられた話になり、
「あのときのお前はモジモジしていて
どんくさい野郎だなあと思っていたよ」
と私が話したので、
友人も負けずに
「お前だって最初に乾杯挨拶のときに
顔真っ赤でみんなに冷やかされていただろう」
と言い返しました。
実は二人とも似たもの同士ということが分かってきて
妙に気が合い、大学以来ずっと親友づきあいをしていました。
酔っ払っていた私でしたが新しい職場になり
なじめるかどうか悩んでいたので急に神妙な顔になり、
「そんなこともあったよな。」
「でも実は今でもあんまり変わってないよ。」
「今度俺の歓迎会があるけど挨拶が怖くて仕方ないんだ」
と、入社してからの様々な対人恐怖症で
苦労した話をすると、友人が急に泣き出して、
「そうか、お前もずっと苦労してたんだな」
「お前もって?」
聞くとその友人も元来、社交的な性格ではなく、
どもる癖もあったため、最初に入った会社で
なじめずその後、転職を繰り返したそうです。
会社では内向的なこともあり、打ち解けて
話すことが出来るような上司や同僚に恵まれず
徐々に対人恐怖症になっていったそうです。
「そうか、お前もつらかったろう。」
「俺も病院通ったり薬飲んだりしているけど。」
「お互い一生苦労するしかないのかなあ」
すると、急にパッと目を輝かせて
「大丈夫だ、俺は今かなり病気を克服しているんだ。
俺に任せろ。きっとお前の病気を直してみせる」
と、なにやら自信ありげに言いました。
そして自分が受診した
『大滝先生』を紹介してくれましたが、
この出会いが私の運命を変えました。
(持つべきものは友達だなあ)
と、改めて感謝するとともに
自分の出会いの運の良さにも改めて感動しました。
大滝先生は25年前から催眠の研究をしていて、
様々な恐怖心を克服するカウンセリングや治療を行っていた方です。
近年ではその功績が認められて催眠分野では
ただ一人社会文化功労賞を受賞された方でもあります。
『催眠療法』
と、いうと、かなりいかがわしい
イメージがあるかもしれません。
事実、私も初めの頃はそう思っていました。
友人から紹介されたものの、
治療を受ける前にインターネットで調べると、
その多くは
「詐欺だ」「ぼったくりだ」
と、書き込まれていました。
そんなわけで私も親友の紹介なので
無碍に断るわけにもいかず、
だまされたつもりでしぶしぶ受診しました。
ところが、大滝先生と出会い
カウンセリングを受け、治療が進むにつれ、
「催眠こそ恐怖症克服の究極の方法ではないか」
と思うようになりました。
なぜなら今までは薬で一時的に気分が
よくなっても結局常に不安感からは
逃れられていなかったからです。
また、認知行動療法では理屈はわかっていても
いざ行動するとなると否定的な考えが頭を占め
なかなか行動に移せなかったのです。
ところが先生の催眠トレーニングですと
恐怖心そのものを克服できるからです。
私は毎日「不安感」に襲われ続けていたので
何とかその恐怖心から開放されたい、心安らかに
夜眠りにつきたいと、いうのが唯一の願いでした。
それが先生の催眠治療によって
はじめまして。
このたびは私のブログ訪問
ありがとうございます。
このブログを通じて
あなたと出会えたことを
本当に嬉しく思います。
数多くのサイトの中から、
このブログに訪問して頂いた感謝を込めて、
あなたのお役に立つ情報を
配信していきますので宜しくお願いします。
恐怖症克服のために有益な情報をお伝えしますので
どうぞ楽しみに読み進めてください。
そしてこのブログをお届けするにあたって
一つだけ私と約束してほしいことがあります。
それは、
『恐怖症の克服をあきらめないこと』
あなたの恐怖症を克服したいと
思うことは、あなただけでなく、
あなたの大切な人のためでもあるのです。
ですからあきらめないで下さい。
いえ、あきらめてはいけないのです。
この気持ちを忘れずに
私と一緒に進んでいきましょう。
それでは、なぜ私がこのような情報を
お伝えしようと思ったのか、
まずお話させていただきます。
「00君頑張れ!」
その声でハッとわれに返りました。
ここはとある小学校の講堂。
私が小学校5年生の時のことです。
学校ではそこそこ勉強ができていた私は
児童会の役員選挙に立候補していました。
実は4年生の時に一度選挙に立候補して
落選していたので、
(今度こそは当選したい)
と意気込んでいました。
立候補の相手は女の子でしたので
下馬評では私が勝つのではないか、
というのがもっぱらの予想でした。
当時選挙では何となく男子児童が
当選する風潮がありました。
ところが、立会演説会を前に一つだけ
気がかりになっていたことがありました。
それは、
(人前できちんと話せるかどうか)
ということでした。
私はもともと気が小さい人間で
あがり症でした。
前回立候補のときは相手も緊張していて
私と同じように声が震えていたので
それほど目立たずにすんでいました。
ただ今回は自分が先に話す順番でしたし、
2回続けてとなると今度はそうもいきません。
いよいよ立会演説会が始まり、
他候補者の演説が始まると徐々に
落ち着かなくなりそわそわしてきました。
そしていざ自分の番になりました。
名前を呼ばれ、
「はいっ」
と元気よく返事をし、演台の前に立つまでは
よかったのですが、大勢の観衆を目にしたとたん、
「...」
緊張が最高潮に達し、頭の中が
文字通り真っ白になってしまいました。
最初の言葉が出るまで沈黙の
時間が1分ほど続いたでしょうか?
大人になった今でしたら何とか
繕いながら話すこともできるでしょう。
しかし、まだ10歳そこそこの小学生には
そんな芸当ができるはずもなく、
ひたすら下を向いてしまいました。
次第に会場のざわめきが聞こえてきて
(もう逃げだそうか)
そう思った瞬間、先生が助け船を
出してくれて我に返り、何とか
演説を終えることは出来ましたが、
「何だ、あいつだっせーな」
「00君かっこ悪―い」
クラスの仲間からも非難の言葉が
聞こえてきて、選挙の結果も
見事落選という憂き目にあいました。
そのことがトラウマとなりそれ以降
ますます上がり症に拍車がかかり、挙句の
果ては対人恐怖症になってしまいました。
=====================
・授業中に先生に当てられても答えが出てこない
・運動会の徒競走では先頭走っていても転倒する
・友達とカラオケ行っても一人では歌えない
・自己紹介の挨拶では下向いて赤面してしまう
=====================
私が,、あなたに恐怖症克服方法を
お伝えしようと思ったのは、私が単に
恐怖症を克服したからだけではありません。
恐怖症から開放されることで違う自分に
出会えた感動があったからです。
というより、元の明るい性格を
取り戻すことができたのです。
小学校低学年までは勉強も運動もできるほうで
女の子からも人気がありましたし、自分でも
誰からも好かれる明るい性格と思っていました。
ところが一度、上がり症の恐怖を覚えると
今までの自信が吹っ飛んで逆にプレッシャーを
自分にかけて落ち込むことになりました。
つまり、前は明るく振舞えていたのに
どうして今は出来ないんだ、と自分で
自分をダメにしていたということです。
その後、中学・高校・大学と
文科系の部活動やサークルに所属し、
人前に出ることを避けてきました。
就職も親のコネで地元の銀行に入り、
事務職に配属してもらいました。
簡単に言えば、恐怖を感じる場面から
「逃げて」生きてきたのです。
その代わり、常に恐怖心にさいなまれ
会社に入るまでは彼女も出来なかったという
暗く辛い青春時代もすごしてきました。
その後、治療の甲斐があり、病気を克服し、
明るい自分を取り戻しました。
彼女も出来、間もなく結婚というところまで
何とかたどり着きました。
これから私が治療してきた途中で
感じていた不安や心配などもどのように
克服してきたか、ご紹介していきます。
=====================
・性格と病気の違いとは
・自分で出来る治療開始のセルフチェック
・投薬治療の危険性について
・行動を変えるための具体的ステップアップ術
=====================
こういったことに関してもそのノウハウや
知識を惜しみなくお伝えしていきますので
楽しみに待っていてください。
これから
どうぞ宜しくお願いいたします。
こんにちは!
「あなたは催眠術にかかったことがありますか?」
「また、催眠状態に入ったことはありますか?」
私が大滝先生の横浜催眠心理オフィスで
お会いした時の第一声がこの質問でした。
一つ目の質問はみなさん「NO」だと思いますが
二つ目の質問はいかがでしょう?
これが実は100%「YES」になります。
つまり誰もが必ず催眠状態に入っているのです。
詳しくお話しますと人間は眠るときと
起きるときの2回必ず催眠状態があります。
寝るときというのは急に意識がなくなったり、
起きるとき意識が戻ったりするのではなく
周囲の声や音が何となく聞こえる状況があります。
よく電車の中で寝過ごしそうな時に
何故かその駅のアナウンスが聞こえて
ハッと気がつき降りられた方も多いと思います。
簡単に言うと、その状態が催眠状態なのです。
私は最初に大滝先生に教わったのはこのことでした。
催眠療法とはその催眠状態の際に
意識に刷り込んで恐怖心を克服しよう
という治療法になります。
何故、催眠療法が有効か。
前回お伝えした認知行動療法では、
行動を変えて考え方を変えようというものでした。
確かに効果はあるものの恐怖心を
克服したということにはならず
常に脳の中に恐怖心は残っているのです。
今まで治療している最中の私は少しずつ
自信がついてはいたものの、恐怖心を
克服したといえる状態からは程遠いものでした。
ところが催眠療法の場合はその恐怖を理解し
その上で恐怖を克服する意識のほうを
強くできていることが最大の特徴なのです。
大滝先生は私の悩みを見透かしたように
このような説明を丁寧にして下さいました。
「どうして私の悩みがわかったんですか?」
「みんな同じように悩んでここにきているからだよ」
と優しく諭すように教えてくれました。
そして大滝先生は次のようなことを言いました。
「人間はイメージしたとおりになる」
「100回の嘘は1回の真実に勝る」
「催眠には集中力とイメージ力が大切だ」
ロバートキヨサキの『金持ち父さん』シリーズにも
将来に嘘をつくことの大切さを説いています。
事実、学問でもスポーツの分野でも
成功している人のセルフイメージ力は
素晴らしいとよく聞きます。
ただし、自分に前向きなイメージを
植え付けるのはそう優しいことではありません。
自分でやってみればわかると思いますが
常に前向きでいるということが
どれほど難しいかわかると思います。
その点、催眠療法だと自分の知らない間に意識が
植え付けられます。それも逃げるのではなく
克服しようという気になっているのです。
ただ、催眠療法は高額で一般になじみがなく
通院というネックもありますし、お金だけで
さっぱり施術しないところもあるそうです。
私が診療を受けていたときも大滝先生は、
「今開発しているのは診察を受けなくても
自分だけでできる催眠療法のプログラムなんだ」
とおっしゃっていました。
そうすれば、もっと多くの方が自分自身で簡単に
恐怖を取り除くことが出来ると考えられていました。
じつは催眠には大きく2つしかありません。
「自己催眠」と「他者催眠」です。
このうち簡単にできるのは「他者催眠」です。
しかし、もし仮に「自己催眠」が自分で
できるようになれば、通院しなくても家で簡単に
催眠治療ができると先生は考えていたようです。
そうすれば催眠療法の最大のネックである
高額な医療費と長い通院日数という2つが
同時に解決できることになるのです。
そして長い年月をかけ研究した成果で
ついにそのプログラムが完成したそうです。
大滝先生は完成した時に真っ先に
私に連絡して下さいました。
「00君、ついに例のプログラムが完成したよ。
「これでわざわざ横浜まで通わなくても大丈夫だ」
私は大滝先生のこのプログラムのおかげで
今では自分で催眠トレーニングを続けています。
だんだん仕事も重要なポジションになり
思うように通院時間が確保できなくなっていた
私にとってはまさに天の助けとも思えるものです。
宜しければ一度試してみてください。
1日4分自己催眠トレーニング
『脱!!恐怖症プログラム』
次回は「自己催眠」と「他者催眠」について
さらに詳しくお伝えしようと思います。
「他者催眠」はいわばプロであるお医者さんに
よる催眠療法です。ただ、お金も時間も
かかるため誰もが簡単に受診できません。
もし、「自己催眠」が自分で出来て、しかも
病気の克服に有効であることがわかれば
より治療への近道になることでしょう。
「あなたのその悩みは山田一郎さん(仮名)
というひとが取ってくれます」
と言われたらどうしますか?
もちろん紹介して下さいと言って
会いに行くでしょう。
そのあとこう言われたら
どうしますか?
「山梨県の甲府駅まで行ってください。
そこが山田一郎さん宅に一番近い駅です」
ところがそのセラピストも具体的な住所や
電話番号がわかりません。
とにかく甲府へ行って自分で
探してくださいというだけです。
甲府駅というだけで北に行くのか南に行くのか
一軒家かマンションか、駅から近いのか遠いのか
ただ一つだけ言えることは自分で探しに
行かなければならないということ。
これが自分ですべてを行わなければならない
「自己催眠」です。
一方他社催眠も住所も電話番号も
分からないことでは同じです。
違うのは改札を出ると「山田一郎さんの
家まで案内します」というプラカードを
もって出迎えている人がいることです。
さあ、目的地の山田一郎さんの家には
どちらが早く着くでしょうか。
答えは誰が考えてもわかりますよね。
自分の目的地まで道を良く知っている
他社催眠が自己催眠よりも簡単な
わけはこのように理解して下さい。
ところで他社催眠が優れてるのは理解できた
と思いますが、最終的に自己催眠が
使えなければ困ったことになります。
なぜなら薬と同じように一生
誰かの世話になるしか恐怖症を
克服する方法がないからです。
ところが世の中の催眠療法では
自己催眠の方法を教える方が
非常に少ないのです。
何故か。
先程の例でいくと何回か山田一郎さんの
家に案内してもらったあなたはいつか
道順を覚えて自分でいけるようになるでしょう。
しかし、プロの道案内人は毎回お金を
もらって山田一郎宅に案内しなければ
仕事にはならないのです。
そのため毎回わざとルートを変えたり
ときには目隠しをさせて貴方に
道順を覚えられないようにするのです。
大滝先生はこの「山田一郎」シリーズで
わかりやすく世の催眠療法まがいの
悪徳商法を憂いていました。
そのために開発されたのが
「自己催眠プログラム」なのです。
先生は「應水流催眠法」という独自の
手法を編み出していらっしゃいます。
應水流というのは水のように変幻自在、
融通無碍に変化に対応できるということです。
その極意が「水は方円の器に従う」
簡単に言うと、器が四角なら水も四角になるし
器が丸ならば水も丸くなるということなんですが
これを催眠に当てはめると難しいことがわかります。
私たちは一人一人が自我を持っています。
先生のオフィスを訪れる患者さんも
個人差はあれ思い込みの激しい方が多くいるそうです。
そ
の一人一人の個性や考え方にあわせて
催眠を施し、施術を行うということは
並大抵のことではありません。
先生はよく「催眠とは宗教と哲学と心理学の
3つの重なる分野だ」とおっしゃっています。
恐怖症の治療は心療内科の分野で心理学が
主な分野と思われるかもしれませんが、
実は宗教や哲学といった
考え方の分野でもあるのです。
つまり個人個人の考え方に強く影響を受ける
部分が大きいということが言えます。
ですから一人ひとりへのカウンセリングが
重要なのはいうまでもありません。
今回先生の開発した自己催眠プログラムでは
あなただけの催眠誘導音声を作成してくれていて
簡単に自己催眠に入れるように工夫されています。
ここでプログラムの一部を紹介しますと
========================
・不安と恐怖を感じないための3つの秘訣とは
・恐怖症の症状が重いほど優れているある能力とは
・「恐怖症になる人」と「ならない人」の違いとは
・マイナス思考の脳をだます方法とは
・「催眠導入トレーニング」とは
・催眠効果2.5倍アップ!集中力強化トレーニング
========================
通常先生の横浜オフィスでひと通りの
施術を行った場合、個人差はありますが、
初回で完治した場合でも初診料の3万円、
トラウマが深くどうしても繰り返しの
施術が必要な場合は複数回の通院で
20万円前後かかることもあります。
他の睡眠治療所でも同程度またはもう少し
かかるかもしれません。
しかし、先生独自のプログラムであれば
時間もお金もかかりません。
悩んでいる方はぜひ一度試してみてください。
1日4分自己催眠トレーニング
『脱!!恐怖症プログラム』
私が一生忘れられない出来事で、
今も引きずっている出来事をお伝えします。
ただ、そのことがあったから絶対に
克服するんだと私を奮い立たせて治療を
続けられたことも事実です。
私が人生で一番辛かった出来事を
お伝えしておこうと思います。
私が大学4年生のときのことです。
私は文科系のサークル、具体的には
鉄道研究会(略して鉄研)に所属していました。
今でこそ鉄道ブームで鉄女やママ鉄などと
女性にも認知されてきていますが、
当時は男だけのものと思われていました。
ところが私が所属していた4年間で
最後の年に一人の女性が入部してきました。
そのときの騒ぎといったらありません。
それもそのはずで、女っ気のないオタク
鉄道研究会に可憐な一輪の花が咲いたのです。
あっという間に「鉄研」のアイドルになり
何人もが彼女のことを好きになりました。
みんな彼女いない暦の長い奴らでしたので、
ここぞとばかりにアタックするものの、肝心の
彼女が誰のことが好きかわからないままでした。
私は就職活動もあるし、幹事長でもあり
女性と話すのも苦手だったので、
俺なんか眼中にないだろうと考えていました。
そうこうしているうちに一年が過ぎ、いよいよ
卒業という時期に全員で旅行に出かけました。
鉄研らしく最後は南の端まで鈍行で行こうと
青春18キップを使って鹿児島を目指しました。
さすがに女性に何日も夜行電車に乗せるわけにも
いかず、行きは福岡、帰りは大阪で合流として
3年生以下何人かをボディーガードにつけました。
ただ本人の希望もあり最後は大垣から東京まで
「ムーンライトながら」という夜行列車で
全員で帰京することになりました。
無事最南端にも到達し、いよいよ帰路の
大垣駅で最後の電車に乗り込みました。
夜行電車ですから大騒ぎできないものの
酒飲んで宴会状態で深夜まで過ごしました。
2週間の長旅でしたので途中一人二人と
みんな寝てしまったのですが、
その彼女だけはずっと起きていました。
私もようやく終わったという開放感もあり
最後くらいはかわいい後輩と話してもいいだろう
と隣に座り二人で楽しく話し込んでいました。
すると途中から何故かその彼女が泣き出しました。
結構酔っ払っていたので泣き上戸だったのかな
と思いながら「大丈夫?」と声をかけると
「私、00先輩のことが好きなんです」
なんといきなり告白されました。
生まれてこの方、女性に告白されたことがなく
まさかこの自分がと一瞬耳を疑いました。
どうしようかとオロオロしているところへ
「なんだ幹事長、○○ちゃん泣かしたのか。
最後に何やったんだ」
と次期幹事長が割って入ってきました。
結局その後バラバラとみんな起きてきて
元の宴会になってしまいました。
東京駅について解散したあと私もボーとして
一体さっきのはなんだったんだろうと
思いながらも彼女の涙が目に焼き付いていました。
もやもやした気持ちが残ったまま卒業式を迎え
その晩は後輩も集まり最後の宴会となりました。
さすがに彼女と二人で話すこともなく
宴会は過ぎたのですが、偶然トイレに
行ったときに一瞬その彼女と二人になりました。
「明日二人で会えないかな」
思い切って声をかけたところOKの
返事をもらい翌日会うことになりました。
そして運命の日がやってきました。
私は勇気を出して告白するつもりでしたが
前日から何を話したらいいのか考えて
ドキドキして一睡も出来ませんでした。
そしていざ当日近くの公園で会い、
ベンチに並んで座ったものの、
彼女の顔を直視できませんでした。
私は真っ赤な顔してうなだれたまま
時間だけが過ぎていきました。
サークルのときはみんなもいるし
自分も幹事長の役目柄今まで何度となく
普通に話は出来ていました。
しかし、一度、恋愛感情が芽生えてしまうと
急に上がり症が顔を出してきて
声を出そうとしても出なくなっていました。
頭の中ではいろんなことを考え彼女と
妄想の中では会話で来ているのですが
現実は心臓がドキドキして言葉が出ません。
彼女のほうも私の言葉をずっと待っていた
様子でしたが、そのうち真っ暗になり
「そろそろお別れですね」
それが彼女と話した最後の言葉になりました。
結局私の思いを伝えるどころかろくに
話すことも出来ず、逆に嫌われてしまった
と落ち込んだまま卒業してしまったのです。
卒業後は地元に戻り働き始めたので
鉄研のメンバーとも会うことなく、彼女の
その後もわからぬまま数年が過ぎていきました。
ある年同じ代の一人が結婚するというので
結婚式で久しぶりにメンバー数名と会いました。
そのとき彼女の話題になり、短大生だった
2年目はなかなか参加できず、卒業後すぐに
お見合いで結婚してしまったそうです。
確かお父さんは自営業で一人っ子と
言っていたのでもしかすると跡継ぎのために
すぐに結婚させられたのかなあと思いました。
そう思ったとたんキュンと胸が痛みました。
もしかしたらあれは本当の気持ちだったのか
俺は彼女の気持ちに応えられなかったのか。
短大に入り初めて広い世の中を自分の足で歩き
目を輝かせていた彼女と最後の日に落胆して帰る
彼女のうしろ姿を思い出し涙があふれてきました。
なぜ「好きだ」とたった一言が言えなかったのか。
せめて「ありがとう」だけでも伝えられなかったのか。
今でも後悔の念をぬぐえません。
そして、自分の思いを伝えられなかったことで
自分だけではなく相手の人生にも暗い影を
落としてしまったことにようやく気づいたのです。
それ以降私は何としても自分の上がり症を
克服するんだと心に誓い、投薬や治療など
あらゆる方法を積極的に行いました。
そして苦労の末大滝先生に出会い、ついに
上がり症や対人恐怖症を克服できたのです。
今までいろいろお伝えしてきましたが
もしも自分のことだけだったならば、
自分が苦しめばいいそれだけのことです。
私が経験したことは自分のせいで
他人を傷つけてしまったかもしれない
ということで一生後悔が続くことです。
私自身はこの経験があったので今度こそは
病気と立ち向かい克服しよう、そう思えたので
今では悲しくもいい思い出です。
しかし、彼女が今どう思っているかは
知る由もありません。
何とか幸せでいてくれればいい、
そう願うのみです。
どうか、あなたは私と同じような
経験をすることなく1日でも早く
病気を克服してほしいと思います。
自分のせいで誰かの人生を狂わせてしまった、
その様な経験こそ一生心の傷として残ります。
今まで恐怖症で悩んでいたり、治療の成果が
出ていない方は、私と同じ轍を踏まないよう
大滝先生のトレーニングをお勧めいたします。
あなたのこれからのご活躍を
祈念しておりますよ・・・
1日4分自己催眠トレーニング
『脱!!恐怖症プログラム』
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